車いすを押して介助するとき、どれくらいの坂なら上り下りできるでしょうか。身近な斜面の例を見ながら検証したいと思います。
まず、45度の坂道は絶対に上れません。これは、階段に板をのせただけの斜面です。それも、水平面と垂直面が同じ長さの階段、例えば家の1階から2階へ上がる階段がそれくらいだと思います。そんな階段をそのまま斜面にしたところで、逆に、歩きづらい坂道になってしまうだけですね。
45度は水平面と垂直面が1:1なので1/1勾配、これ以降分数で表します。分母(水平面)の数が大きいほど、緩い勾配になります。
では水平面が倍の1/2勾配はどうでしょう。角度は約27°になりますが、これも人や車が行き来する斜面としては身近に存在しません。例えば下の写真の歩道橋全体の勾配が1/2です。これは階段なので誰もが上り下りしていますが、斜面だとしたら車いすで上がれないというのは想像できると思います。
ようやく車いすで行ける場合があるというのは1/4勾配くらいからになります。条件がよければ、つまり車いすに乗る人が軽かったり、斜面がすべりにくかったりすれば、押して上がれるようになります。
1/4勾配
次の写真も歩道橋ですが、自転車を押して上れるようにするために、中央レーンにスロープがついています。途中折り返してまわり道をすることで、勾配をゆるくしています。これが1/4で、角度は14度くらいです。
1/4勾配が車いすで上り下りできるかどうか、下図で説明します。
1/4上り
スロープの手前のフラットな部分に足を踏ん張って、「エーィ」と押してそのまま手を伸ばせばスロープの上にたどり着くという感じで行ける場合があります。自分も斜面にはり付かなければ上まで行けない場合はほぼ無理です。スロープ手前から少し勢いをつけて行ければいいですが、車いすの足を乗せる部分の位置が低いと、坂の始まりでゴツンとあたってしまうことがあります。車高の低い車が前を擦ってしまうような感じです。
1/4下り
後ろ向きにすればだいたいは行けます。雨の日など、スロープ面が滑りやすい場合は、とくに注意が必要です。
1/4というのは、車いすが安全に上り下りするにはキツすぎます。しかし、どうしても1/4しかとれず、そこを上らなければならない場所がありました。私の介護タクシーです。これは、車いすにロープを引っ掛けて、巻き上げることによって上ります。
1/8勾配
とにかく段差を解消するためにスロープをつけようというケースは、だいたい1/8程度であり、たいていの人は車いすを押して上がれます。身近なのは、ご家庭の玄関に一時的に置くスロープです。
家庭の玄関の上がり框が、だいたい20から25センチくらい、それに対して背丈よりも少し長いくらいのスロープを使用するのが一般的かと思います。これが1/8程度の勾配になります。女性や高齢の方が介助する場合でも、なんとか押して上がれるようにするためには、これほど長いスロープが必要なのです。ただこれでも、人と車いす合わせて100kg近い重さの方は、押すことができません。
1/8勾配の上り下りについて、下図で説明します。
1/8上り
押して上がることはできますが、この傾斜が延々と続く坂道を上ることは難しいでしょう。車いす利用者が、自らこいで上ることはできません。
1/8下り
介助者が下ろすときは、進行方向に前向きだと危険です。後ろ向きに下ろします。
屋外で1/8の勾配がどんなものかというと、右京区のフレンドマートやマツモトなど、スーパーの駐車場の入り口が1/8くらいの坂道です。市内中心部だともう少し急だったり、螺旋状にくるくるまわって上がったりします。身の回りの、「とにかく段差解消」系のスロープは、だいたいこれくらいの勾配なのです。
1/4は無理で、1/8はなんとか行ける。そして最後にやっと「バリアフリー」ということのできる1/12勾配です。
1/12勾配以下
水平12に対して1上がる傾斜、角度で言えば5度以下です。介助者が女性でも、高齢でも、誰でも車いすを押して上がることができます。建築物に対して「バリアフリー」と言える基準が1/12だそうです。
公共の施設、病院などのスロープは、ほとんどこの勾配におさまっています。施設自体に マークがあれば、この基準を満たしています。
↑ 嵐電天神川駅のスロープ。高さ75cmほどのホームに上がるのに、これほど長い斜面が設けられています。勾配は1/12よりもゆるい1/13です。四条大宮方面、嵐山方面、いずれも同じです。
1/12上り
介助者なしで自ら車いすをこいで上がるのは三角マークにしました。これはよほど若い人で、腕のしっかりした人や、足を床につけることができる人でないと上れません。
1/12下り
逆に下りは、手が使える人であれば自走できる可能性があります。それでもやはり、手だけだとかなり力がいりますし、足が床につけられないと怖いかもしれません。介助者が押す場合は、わざわざ車いすを後ろ向きにしなくても、前向きのままでいけます。
最後にもう一つ、1/12の例として宇多野病院内のスロープを紹介します。受付を出て一つ目が1/14で、1病棟手前が1/13勾配です。
宇多野病院のスロープは長いために、急な傾斜に感じられる方が多いようですが、病院ですのでやはり1/12以下です。しかしそれでも、介助なし、電動なしの自走で上り下りしている人を見ることはほとんどありません。車いすを自分でこぐというのは、少しの坂道でも難しいものなのですね。
1/12勾配というのは、介助者がいれば間違いなくクリアできるという意味で、バリアフリーの基準となっているのだと思います。
以上をまとめますと、「スロープは1/8程度を基準として、車いすに乗る人の体重と、介助者の力によって上り下りできるかどうかが決まる」と言えます。日常的に遭遇するスロープは、1/8程度が最も多いと思います。
勾配の測り方
ここからは補足で、自分で勾配を測る方法を紹介します。スロープをつくるような場合に参考にしてください。
スロープを斜辺として、水平と垂直それぞれの長さがわかればいいですが、どちらか一方しかわからず、代わりにスロープの長さがわかる場合には、計算式で、わからない一辺が求められます。自分で計算しなくても、「三角関数」の検索で出てくるサイトを利用すれば簡単に答えが出ます。
カシオのサイト:http://keisan.casio.jp/exec/system/1161228775
埋め込まれたスロープや坂道で、斜面だけしか測れないような場合、定規を実際に斜面にあてがって、勾配を測るしかありません。
2つの定規を直角に合わせて水平がとれれば、勾配を計測できます。私はこの写真の方法で、かなり正確に測ることができました。他にも、糸をつかったり、四角い容器に水を入れたりしてできるかもしれません。
道路の勾配を、地図上で調べる
インターネットの地図上で、道路の坂道の勾配をある程度調べることができます。例えば、車いすで清水寺に行くとして、参道にあたる清水坂の勾配を見てみましょう。
上の地図は、国土地理院(http://www.gsi.go.jp/)の地理院地図というものへのリンクです。この機能を使えば、地図上の標高と二点間の距離がわかりますので、おおよその勾配がわかります。
五条坂と清水坂が交差する、七味屋さんのところの標高が80.9m、清水寺の階段前の標高が98.7mでその差17.8mです。この二点間の距離が230mあります。水平を229mとして、229/17.8=12.9となり、勾配は約1/13として求められます。
1/13なら余裕で行けそうですね。しかし実際は、230mの坂道に1/13よりきつい部分と緩い部分があり、車いすを押して上がるときは、そのキツい部分で苦労します。地図はあくまで二点間の平均勾配を調べることしかできません。
道路の勾配は、一般的に水平100に対していくつ上がるかというパーセントで表されます。10%勾配が、分数でいうところの1/10になりますが、京都市中心部でそこまで急な坂はめったにありません。やはり、坂が長く続くことと、部分的に他より急なところがある道路では、数値に表れない障害があると考えなければなりません。
清水寺は、歩いて参道を上がれないという人に限って、車で中まで入れてくれますし、車いすのまま本堂にお参りすることもできます。ですが、参道の雰囲気も少し味わいたいなら、帰るときに車いすで七味屋さんまで下りてきて、そこで車に乗るといいと思います。